人前に絵を出すということ

以前、某版画販売展示会で聞いた話です。

その人が言うには、今(当時)とても売れているA氏は、新作発表会でいつも「これは私にとって傑作です」と公言してはばからないのに対して、B氏は、自分の絵を前にして「実はここを少し失敗してしまって」とマズイ点を漏らしてお客を逃してしまうのですが、私はそんな謙虚なB氏を応援していきたいんです、という内容の話でした。
その当時、私はこの方の話に共感し、自分の絵を売るためにぐいぐい押していくA氏のやり方に嫌悪感すら覚えたものです。

しかし、数年経って、私はこの見方が浅いことにようやく気付きました。
A氏は、決して自分の絵が100点満点だと思っているわけではないのです。
100点の絵なんかが出来てしまったら、もう絵描きとしての人生は終了です。
では、なぜ、敢えてそう言うのか。

場は新作発表会です。
多くの自分の絵に興味をもってくださった方の前です。
せっかく自分の絵を気に入ってくれて、絵がその人の今後の人生にプラスに役立つかもしれない一期一会の機会を、自ら潰してしまうなど、なんと愚かなことでしょう。
これは商売とはまったく関係ない、もっと本質的な問題です。
自虐に逃げれば、人の評価によって自分が傷つくことは避けれますが、そんなことはアトリエで一人でやっていればいいのです。

もちろん、この販売員のようにB氏の謙虚な人柄に惹かれるという感じ方をする人もいるでしょう。
ですが、それは厳しく言えば、お情けにすがっている一面があり、フェアなやり方ではありません。

不本意な作品を前に堂々と立っているのは、とても勇気の要ることです。
ですが、人前に絵を出すというのは、きっとそういうことなんだと思います。

次回の展示会への教訓です。